韓流エンタメ沼『モレシゲ』(砂時計)と映画『タクシードライバー』

韓国ドラマの金字塔『モレシゲ(砂時計)』と『タクシー運転手』

 韓ドラを語るとき、まず押さえておきたいドラマは、なんといっても『モレシゲ(砂時
計)』(1995年)だ。
 長い間タブーとされてきた、国家による民衆虐殺事件である光州事件(1980年)を初め
て描いた作品で、SBSでの放送開始直後から一大ブームを巻き起こし、60%を超える視聴
率をはじき出した。まさに、韓ドラの不朽の名作と言っていい。
 1979年、長年軍事独裁を続けてきた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺されると、
クーデターで実権を握った全斗煥(チョン・ドゥファン)が軍隊を動員して、民主化を求
める人々を殺戮した。在韓米軍のジョン・A・ウィッカム司令官(当時)の承認を得た
上でのことだ。
 物語は、そんな1980年前後の韓国を舞台に、三人の若者の生き様を追っていく。
 無二の親友である不良少年テスと優等生のウソク。社会の矛盾の中で、テスはヤクザ、
ウソクは検察官という異なる道を歩んでいくが、最後は死刑囚と執行官という立場で二人
の人生が交差する。彼らの生き辛さは、当時の韓国人が、生きていくために権力側につく
か抗って生きるかの二者択一を強いられていた結果でもある。
 このドラマでの光州虐殺の描き方は、民主化政権でなければできなかったもので、KCIA
(韓国中央情報部、現国家安全企画部)の腐敗ぶりも見事にあぶり出されていた。
 テスとウソクの両方から愛されていたへリンは、学生運動に挫折し、父の職業を継いだ。
そのへリンをストイックに守り続けたジェヒの存在は、その後の韓ドラにおける、複数の
男に愛されるヒロインというスタイルを決定付けたように思う。
 パク・テス役 チェ・ミンス カン・ウソク役 パク・サンウォン
 ユン・へリン役 コ・ヒョンジュン ペク・ジェヒ役 イ・ジョンジェ
 最終話はまさに圧巻で、テスとウソクの会話やへリンの後ろ姿が今も心に残っている。
題名の「砂時計」とは何を意味していたのか、24話を見て韓国現代史に触れてもらいたい。
 

 この光州事件を正面から描いたのが、ソン・ガンホ主演の映画『タクシー運転手 約
束は海を越えて』だ。
 ソウルのタクシー運転手キムさんは、光州事件を取材に来たドイツ人記者ユルゲン・ヒ
ンツペーターを乗せてソウルと光州を往復する。その実話を元にした作品だ。当時の韓国
では、光州に入って記者に取材させるなど、捕まればそのまま死刑に直結するような行動
だったのだから驚きだ。
 この映画で描かれた様々な場面の中でも、光州のタクシーやバスの運転手たちが、市民
を軍隊から守るために、自らの生活の糧である車やバスを弾除けとして道路に並べたシー
ンは胸を打つ。そういう事実があったことは当時から耳にはしていたが、再現とはいえ映
像で見ると、何とも言えないものがある。

光州市民は、貧しい中、そうやって街ぐるみで抵抗した。
 後日、ドイツ人記者は自分を乗せてくれた運転手を探したが、見つからなかったという。
しかし、この映画の公開後、運転手の息子が名乗り出たことで、その存在が明らかになっ
た。
 運転手のキムさんは、高級ホテルの、主に外国人専用のドライバーだった。英語が堪能
だったという。キムさんは、光州蜂起の取材からほどなくして、1984年に持病で亡くなっ
ていた。
 韓ドラの醍醐味の一つに、民衆からのプロテストの眼差しがある。権力の描き方へのタ
ブーがないのだ。日本の大河ドラマの多くが、信長、秀吉、家康をはじめとした、権力者の
物語であることの対極にあると言ってもいいだろう。


 余談だが、いまや世界を席巻しているK-popの代表BTSの初期の作品「Ma city」は、メ
ンバーがそれぞれの故郷への想いを歌ったラップである。光州出身のJ-hopeのパートには、
「俺は 全羅南道光州(生まれ)」「KIAに乗ってエンジン全開」「みんな押せ 062-518」
というくだりがある。
 KIAは韓国の自動車メーカーで、062は光州の地域番号、518は5月18日光州蜂起のことだ。
 KIAに乗ってエンジン全開とは、市民の盾となった光州のタクシー運転手たちを彷彿と
させる。BTSが、黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死事件で日本でも知られるよう
になったブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter/黒人の命をないがしろにす
るな)運動に約1億円を寄付したのも、そのような韓国現代史が彼らの背中にあるからな
のだ。■

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