ドイツの花火

母は花火が苦手だ。戦争の時の焼夷弾を思い出すからだ。だから花火大会などは嫌がっていかない。戦争を経験した世代には、そう感じる人が少なからずいる。

私は花火と聞くとスキー場を思い出す。スキーが出来ないのに、スキー場の滑走競技の実況中継の仕事したことがある。そのときに、花火の号数とスポンサー名を言って、打ち上がった後に、それぞれのレースがスタートする。「ゼッケン☓☓、いま、棒の横を通り過ぎましたぁ!」と叫ぶと、隣で「あれはポール」とか囁かれて。今思えば、詐欺じゃないかと思えるほどのレベルだった。あの頃、スキーをやるようなお金持ちになれなくても、花火を楽しめるような生活がしたいなと思った。

ドイツは大晦日にあちこちで花火が上がる。友人が「テロじゃないからびっくりするなよ」と言っていたが、本当に360度花火に囲まれた。いろいろな部屋から花火を見上げた。なんか、私を祝福してくれているように感じた。贅沢な時間だった。

ほうれん草が安い

ほうれん草のキッシュやパスタなど、ほうれん草を使った料理がやたらと多い気がする。500グラム200円くらいなので、私も気軽に買うが、冷凍されたほうれん草の塊もあって、これがまた便利。何という名前かは忘れた。生パスタを茹でて、冷凍ほうれん草を温めてのせるだけ。時間のないときにはとても便利。

のりこえねっとTVをドイツで見ながら食事。安田さんいつもカタギでいいなぁとか、安田ノートの中を見てみたいなぁとか、野間さんもうちょっと大きな声で、あっ髪型変わってるとか。どうして見るているかって?だって、ドイツの人が見ていて、この話題が出たときに見てないとマジ恥ずかしいから。聞かれるのよく。笑

冷蔵庫から考える

食材は、タッパーに入れて名前をつけて保存。こういうの好き。私って整理整頓が好きなんだろうなぁと思っていたがそうではなかった。

思い出した!

そう、冷蔵庫にアラームが付き始めてからだ。冷蔵庫を長く開けているとピーピー音がなるので、焦るのだ。あの音が鳴ると「早く閉めなくちゃ!」と思ってパニックになる。なんか、理解不能な状態の扉を開けて、瞬時に判断を迫られる気がして、重圧感が半端ないのだ。

だから、ちゃんと食材を整理して、名前をつけるようになった。見てすぐ状況がわかり、必要なものを取り出せるからだ。でもこれって「外国人登録証」と同じ発想。管理するためのもの。自分が安心したいから。市民に番号をつけたいと思う為政者の気持ちがなんとなくわかる。たかが冷蔵庫。されど冷蔵庫。

キムチを作ってみた。

ドイツの素材でキムチを作ってみた。白菜がバサバサしているので、水ぽさがなく甘みが出てなんか、韓国のキムチの味に近かった。

キムチと言えばハンメ(おばあちゃんの慶尚道言葉)を思い出す。ハンメが作るキムチは本当に美味しかった。私が二十歳ぐらいのときに他界した。病院での最後の会話は「キムチが食べたい」だった。いつも日本語で話をしていたハンメが死ぬ数日前から全部、朝鮮語になった。しかも、自分では日本語を話してるとと思っていた。当時、キムチは一般の店では売っていなかった。幡ヶ谷のスーパーなど駈けずりまわったがあったのは、朝鮮風漬物と書かれた白菜の塩漬けに輪唐辛子がちょっと入ったものだった。食べさせてあげたかった。

マジですか。

写真は、大学にいく乗り換え駅。で、問題は電車とバス。まず、日本でいう「駅」というものはない。改札もない。なんとなくあるブラットホームに電車が止まったらボタンをして乗車。で、キップを買える駅(自販機があるだけ)と買えない駅がある。販売機が壊れていることもシバシバ。お札を入れてお釣りが出ないこともシバシバ。お札が入ったまま切符もお釣りも出ないこともしばしば。買えないときは、電車の中で購入するが運賃表がない。これはどこにもない。で、運賃が距離ではない。地域のブロック単位で、例えば東京駅から新大久保までが500円とすると、その隣の東中野に入った瞬間千円になるという感じ。電車の乗って誰に聞いても、うーんという感じ。しかも、英語はほとんど通じない。事前に調べないとチケットが買えない。買ったチケットが間違っていて、見つかると罰金。電車の中にある路線図は、いま、乗っている路線とは全く関係ない図が乗っていたり、進行方向とは逆の路線図だったり、しかも、駅には、看板が一箇所しかなく、ここはどこ?私は誰?という毎日。言っておくが駅の看板に次の駅はどこかも書いていない。ここで電車に乗れて、バスを乗り継いで、大学まで通える私は偉い!

で、先日、薄暗い電車の中で、どうみてもやばいだろうというアンちゃんが私の隣に立ち、何かを突きつけてきた。ゲッと思ってみたら乗車券の確認だった。私服である。日本のように制服など着ない。何気なく、乗客のように乗っていてチェックして間違いがあったり、チケットを購入しないで乗っている人は60ユーロの罰金である。

ドイツの乗り物はスリリングだ。

初めての食料支援(^^)

熊本の中島さんから、お菓子の詰め合わせが届いた。このお菓子は、熊本の倉ちゃんのところのもの。http://www.1985orange.com/

倉ちゃんは、早産で、かつ、逆子で生まれ、へその尾が首に巻き付き、呼吸が出来ず脳障害をおこし、手足の一部に麻痺を残した。手が使えない為、生活の全般を足で行っている。その倉ちゃんは、足だけで運転をする。そして、東日本大震災のときに被災地に駆けつけた。行動派のくらちゃん。そして、贈ってくれた中島さんは、私が尊敬する人。熊本地震の時、移住者のために動き、そして、熊本発で日本の様々な行政を変えている。中島さんの言葉で「他者を励ますための役割を担わなくてもいいのですよ」と言われた時、あっ、そうなんだぁと思った。私の周りには、どうしてこんないい人がいてくれるのかなぁ。。美味しくいただきました。ごちそうさま。

自分流にお絵かき

近くの文房具屋さんにいって9ユーロの油性ペンを購入。ただで貰ったポットに、あちこち絵を書いてみた。こっちの面は、ベトナム風(無理かな)。冬は花が少ないから、なるべく造花やペイントであちこち花を作っています。ちなみにこの裏は、和風。見た目は韓国風なんだけど(汗)下手でも手作りは楽しいね。

ドイツでぬか床

17年前、入院していた時、医師が「このまま食べられないといけないから、何か食べたいものはあるか?」と聞かれた。

2000年の石原東京都知事(当時)の「三国人発言」に対する抗議行動などで、春に予定していた手術が大幅に遅れた。医者から何回も「どうするのか」と問われ、やっと入院したのが年末だった。今思えば大変な手術だった。開腹してわかったことも有り、身体は悲鳴を上げていたんだなぁと痛感した。術後の痛みもそうだが、何も食べられなくなった。

食べたいもの。。。。頭に浮かんだ「キャベツのぬか漬け」をそのまま口にした。医師は「えっ、キムチじゃないの?」と言ってきた。小さい頃から家ではぬか漬けだった。母の作るぬか漬けは本当に美味しかった。

ドイツにもぬか漬けの素材を一式もってきたが、いざ作ってみると塩の配分が悪く、なかなか味が落ち着かない。毎回の捨て野菜ももったいなく、思わず、食べてしまった。それでも、十分美味しく感じるのは、思い出という味付けがなされているからなんだろう。

初めての体験

ドイツでの住民登録をしている時、「宗教は?」と聞かれました。なんと、ドイツでは宗教税がありました。教会が社会のセーフティネットになっているからです。先だって、教会が「移民を私たちの家に受けいる」(移民排斥反対)という発表もなされました。

住民登録の手続きが終わると担当者から「わが町へようこそ」と言われ、地域の案内カタログと、プールや図書館の無料券、地元のグッズなどをもらいびっくり。役所にいって迎えられたのは初めてのこと。ああ、おもてなしって、こういうことなんだなぁと。

雪の朝

鳥取や島根が好きだった。あのどんよりとした雲がなんとも言えず心が落ち着くからだ。たしか、泣き石の浜辺があるのも鳥取だったように記憶している。波の流れて石がコロコロと奏でる音がまたいい。ドイツの冬は、くもり空と小雨と雪の繰り返し。ホッとする。

昨年夏に一時滞在したときの花が頑張って部屋で咲いていてくれた。待ってていてくれる人には申し訳なく心に負担がかかるけど、待っていてくれる花や車は、なんと可愛いのかと感じてしまう。

Copyright © 2018 辛淑玉, Shinsugok.com All Rights Reserved.